「やったことがないもの」に隠れた、前に進むためのヒント/ 飲食兼イベントスペース「奉還町4丁目ラウンジ・カド」店長 成田海波
未経験のことって、世に溢れている。
「やったことがないし、自分にはできない」
そう思ったことはないだろうか。
しかし、やったことがないものにこそ、自分の好きなことが隠れていたり、新しい可能性が眠っていることがある。
今回お話を伺ったのは、岡山駅西口で『奉還町4丁目ラウンジ・カド』の店長を務める、成田海波さん。
慣れない土地で、飲食の経験・イベント運営の経験がなかった彼女は、周りの人の手を借りながらゼロからお店づくりをして形にした。
成田さんは青森県出身。
東京の修士課程に在学中、富山県高岡市をフィールドに、地域内の魅力ある場所や人々について調査していた。そこで、現地で店づくりをする人たちの手伝いをするなかで、今まであった既存の建物や空間を少し変化させ、見方を変えて面白い場所をつくることに魅了されたのだという。
フィールドワーク(英: field work)は、ある調査対象について学術研究をする際に、そのテーマに即した場所(現地)を実際に訪れ、その対象を直接観察し、関係者には聞き取り調査やアンケート調査を行い、そして現地での史料・資料の採取を行うなど、学術的に客観的な成果を挙げるための調査技法である。 – Wikipedia引用 –
成田さんは2015年東京の大学院在学中に、縁あって訪れた岡山にて合同会社立ち上げに参加することとなった。岡山市の奉還町4丁目にある『Guesthouse & Loungeとりいくぐる』と複合施設『NAWATE』を運営する合同会社である。
そして2016年の4 月に岡山に移住し、9月に『Guesthouse & Loungeとりいくぐる』の姉妹店として、飲食兼イベントスペース『奉還町4丁目ラウンジ・カド』をOPENする。
主張がもてないことへのモヤモヤを抱えていたOPEN前
— 岡山に来て、たった5ヶ月でお店をOPENさせてたとは…すごい。不安はなかったんですか?
成田さん:「ゼロから作ったことって、そういえばない」って思いました。
研究室のときは、やりたい思いのある人がいて、その人のやりたいことをお手伝いしていました。だから自分の主張を持つまでにすごく時間がかかったんです。
自分の中にはやりたい雰囲気とかは頭にあるのに、言語化できていなくて。
成田さん:4月からOPEN前の何ヶ月かまでは、会社の仲間に「お店のこと、どうするの?」って毎日聞かれてました。でもまだ岡山にも慣れていないし、友達もいないし。
みんなはすごく楽しみにしてくれてたけど、ずっとモヤモヤしてた。
5月、6月は鬱々としてましたよ。(笑)
成田さん:あと、物理的にもすごく大変で。
5月なんて、まだ建物が解体されたままの状態で、何も無かった。あるのは床ぐらいでした。(笑)
できる前の過程から知ってもらいたくて改修前からイベントをしてたんですが、まだ電気のタップが一個しかなかったり、天井には蛍光灯が宙に浮いてる状態からのスタートでした。イベント当日だけ冷蔵庫を用意してドリンクを冷やして売ったり。
トイレは向こう(Guesthouse & Loungeとりいくぐる)に行かないといけないし。
場所としては面白かったんですが、イベントの経験も浅かったのでなかなか楽しむところまで行けませんでした。
成田さん:でも、お店づくりを始めたら「自分がやらないと形にならないんだ」っていうのを、単純だけど気づいたんです。
最初は他のお店の出店を手伝ってみたり、いろんな場所に顔を出したりして、少しずつ繋がりをつくりました。
イベントの運営経験も、自分が主催して一個のイベントをやったことはなかったんです。
アルバイトをしていた本屋さんで、イベントのお手伝いをしたことがあったくらい。
手を動かすことで自分がやりたいイメージが見えてくる
成田さん:料理をどうするのかが一番イメージできませんでした。
自分が料理を作るのか、それとも誰かが来てやるのか。
そのとき、いつも料理の相談をしていた飲食店の店長さんが「まずは自分で作らないと見えてこないし何でも作ってみたらいいじゃん」て言ってくれたんです。
成田さん:お店で食べるものと自宅で食べるものの違いがわからなくて。
例えば、カレーライスもほっとする味を出すと家と変わらない。
それって売っていいのか?とか、そういう素朴な疑問がありました。
「家で調理しない味付けや使わない食材が出るだけでも変わるよ」とアドバイスをもらった。
たまにシンプルで、すごく目から鱗なことがあってそれでちょっと進むんです。
「そっか、なんでも作ればいいんだ」っていうマインドに、急になる。(笑)
それで料理をやり始めたら楽しくなっていきました。
成田さん:6月後半からは建物の改修工事がはじまって、手を動かしていけるようになったので、どんどん楽しくなっていきました。
頭で考えるばかりだと、理想だけが高くなって頭でっかちになっちゃう。
改修と料理の両立は大変だけど、でも手を動かしていると、「こんなのはやっぱりできないんだ」とか「この方面だとうまくいきそうだ」とか色々イメージできるようになってきました。
「未経験のことをやって成長すること」と「気張らずにやり続けること」とのバランス
成田さん:プレイベントをしている時期に、気持ちがあまり乗っていないときがあって。
もうイベントはやりたくないなーって思ってた。
でも8月に、工事中の二階で憧れの人がライブをしてくれることが急遽決まったんです。友人の繋がりがきっかけで。
— 急遽開催が決まり、告知期間はたったの3日間。それでもやろう!となったのは?
成田さん:私の憧れの人だから夢みたいで。それで、気持ちがすごく入りました。
ライブハウスみたいにするなら、あれもこれもやらなきゃなって色々イメージもできて。
無事にそのライブが終わった次の日に、二階でぼーっとしてたときにライブの残像が残ってたんです。余韻が残っていて、なんかこの感じ、すごくいいなって。
やりたいことをイメージしてうまくいったことがこんなに楽しいんだと思った。
それまではうまくいかなかったからこそ、余計にそう思ったんだと思います。
成田さん:ライブには島根や京都からも来てくれた人がいたことを聞いて、ここでも誰かが見つけて遠くから来てくれることに感動して自信がつきました。
それがOPENの20日前くらい。
前進して、ここからOPENまで走り抜けよう!と気持ちが切り替わりました。
— うわぁ、なんか鳥肌が立った。いつもやったことのないことをやって、形にしてきたんですね。
成田さん:できること以上のことを無理して受けちゃったりするんだけど、それで緊張して成長することも必要だと思う。あと、気張らずにできることも続けていくこと。
この二つのバランスが割と大事なのかなと思っています。
ひとり旅の行き先は、あえて逆の立場になれる場所へ
— お店づくりをしながら、ひとり旅の時間も積極的にとる成田さん。
ひとり旅の醍醐味や大事にしていることってありますか?
成田さん:そうですね。調べたり誰かに聞くより、現地は圧倒的に情報量が多いことが醍醐味だと思います。
自分で行かないと人に会えない。自分とその人で何かが起こらないと、次の展開がないから。
「自分ひとり 対 行った先の地域の人たち」という状況で話を聞いたり会ってみたりしたいんです。
基本的には身軽で、決めやすい状況を自分で作るかな。
そしたらフィールドワークに行っても自分が行きたいと思った場所に、行こうと思ったタイミングですぐに行けるから。
成田さん:ここ(カド)だと自分がオーガナイズする側だから、それに慣れ過ぎちゃうんです。
だから、逆の立場になれる場所に行くことが多いです。
お客さんはこういう想いなのかなって、それをいつも自分が体験してないと忘れちゃうし、その体験が新鮮だったりする。
— 逆の立場になれる場所から帰ってきたら、お店にはどういう影響があるの?
成田さん:背筋を伸ばしてシャキッとしようってなる。来る人の目線で考えなければなと。
どんなのが面白い体験なんだろうとか、アイデアも生まれやすい気がしてます。
そもそも地元ではないけれど、岡山には縁があって来ているから、あまり地元の人寄りになりすぎずに、自分の立場で動けることをしたいなと思っています。
成田さん:地元の人は地元に長く住んでるからこそできる活動や考え方、観光客の人に伝えられる魅力があるけど、それに近づくというよりは自分の立場でできることは何だろうって考えたり。
ひとり旅で移動してるときに考える時間ができて、客観的にお店のことを見れるようになるかな。帰ってきたら、自分のいる場所に立ち返って もっといい場所にしていこう、というその繰り返し。
みんな旅に出たらいいんじゃないのかな。(笑)
店づくりは、一つの場所でも豊かにできることへの実験
— 成田さんにとって、カドってどんな場所ですか?
成田さん:一つの場所でも何通りものことができて、場所を豊かにできるっていうことへの実験を、このお店でやってるんだと思います。
気づいたら何かできるようになっていたり、お客さんがそれぞれにここに来る楽しみを見つけてくれていたり、あっという間に1年半以上経ちました 。
自分だけやるっていうより、もっと周りの人を巻き込めるようにして場所を作りたいです。
この場所自分だけでやってたら結構大変だから。(笑)もうちょっと力抜いてみんなでやりたいようにやって、ぐらいがすごくいいんだろうなと思います。
— 工程を全部楽しむことって、柔軟性がすごくいることだと思います。カドにはその柔軟性があって魅力的。成田さんがそういう人だからお店もそういう場所になってるんですね。
成田さん:場所が色んなルールで縛られていて、そのために使えないこともいっぱいあるんです。空き地とかはもっと自由に使えたらなと思う。
だから、こういう場所でみんなが柔軟にできることがあれば変わることもあるかもしれない。
完成した建物がピカピカだったらすごくおしゃれじゃないですか。
でもそれだと、お店ができてからの関係しかない。それまでの関係はゼロだから。
でもここは、お店が出来る前からの関係もずっと続いているんです。
改修を手伝ってくれてた子も常連になって来てくれたりします。
—なるほど。カドはこれからどう変わっていくんでしょうか?
成田さん:どこか目指すところがあるわけではないんです。
これまでもいろんな出来事があって、それを乗り越えたから見える風景があったり、これを乗り越えたから今こんな人が来てくれているよねとか。それは変わらないと思います。
居心地がいい場所になることは大事。あとはもっと軽く、ふらっと飲んで帰れるような雰囲気にしたいです。
成田さん:店の前の通りに人は少ないけれど、これまで1日も誰も来なかった日はなかった。
それは本当に感謝だなぁと思います。
あ、一人の時はあったけれど。
しかも来てくれたのは、終わり間近の21時半ぐらいに。「あー、やったぁ!」って。(笑)
飲食の経験がなくても、イベントの運営経験がなくても、こうありたいという小さな理想にむけて挑戦できることがある。
やったことがないことに挑戦してみることで、今までにない広がりや展開をみせることがあるし、
自分の成長や新しい可能性に気づけることがあるかもしれない。
やったことがなくても、手を動かしてはじめてみること。
たまに思いもよらない展開が起こる楽しさ。
気づいたら、自分ができることが増えている喜び。
お店づくりを通して、優しく教えてくれた成田さんの生き方は、小さく前進するためのヒントをくれる。
ひとり旅にでて得たヒントを日常に馴染ませて、
もっと軽やかに生きたい、とわたしもまた改めておもう。
Interviewee
奉還町4丁目ラウンジ・カド
HP
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