「好き」を巡る、制限のないひとり旅:『kami / 』浪江 由唯
うどんが好きで、香川にうどん巡りのツアーをする。
好きなアーティストに会いに、全国ツアーに行く。
ヨガが好きで、聖地巡礼の旅へ出る。
「好き」を原動力に動きはじめると、思いがけない人との出会いや、初めての場所を訪れる経験が増えていく。
人と意見を交わしてみたり、教えてもらった場所へと足を運んだり。
それを繰り返していくうちに、出来事への捉え方が変化していることに気づくことがある。
心のなかでも、立ち止まったり進んだりを繰り返しているからなのだろう。
「好き」を巡る行動は、内側も外側も、世界をまるごと動かしてゆく。
そうして、その人ならではの哲学とも呼べる、世界の捉え方ができてゆくのはおもしろい。
本人も気がつかない間に、その人を輝かせる魅力となっているのだ。
ここにも「好き」を巡るフィールドを日本だけでなく、とうとう世界へと広げようとしている女性がいる。
今回お話を伺ったのは、2019年2月から『世界の紙を巡る旅』にでる浪江 由唯(なみえ ゆい)さん。
浪江さんは、京都府出身。
物心ついた頃から本が好きで、どこまでも自由で優しい本の世界にわくわくしていたのだという。
中学生のとき訪れた、国立民族博物館の仮面だらけの部屋で、「人の手でつくられたもの」のおもしろさに衝撃を受けた。
人がつくるものが持つエネルギーや、作品の背後にある文化への興味が芽生えた瞬間だった。
ひとり旅の原点「手仕事を自分の目で見たい」
三重の大学へと進学した浪江さんは、文化人類学を専攻。
大学2年生の頃に、青春18きっぷで日本各地の工房を訪れるひとり旅へ出た。
当時読んでいた本の『民藝の教科書』(著:萩原 健太郎 / 監修:久野 恵一)に感銘を受けて、「日本の手仕事をこの目で見てみたい!」という思いが溢れたことがきっかけである。
ー ひとり旅の行き先が「全国各地の工房巡り」というのは初めて聞きました。
浪江さん:大学2年生から毎年、7〜10日ぐらいかけて、青春18きっぷで各地の工房を見に行かせてもらっています。もし周りの友達にも興味がある子がいれば一緒に行ってたかもしれなかったけど、いなかったから。(笑)
友達とは、海水浴や観光地へも一緒に行ったけど物足りなくって。
私が実際に訪れて見たいものは、それだけじゃないなと思いました。
ー なるほど。どんなものが見たいんでしょう?
浪江さん:産地 が好きなんですよ。その場所ならでは っていうものが見たいですね。
その土地だから採れる材料をつかったり、そこに暮らす人たちがつくるようなものが、伝統工芸にはあると思っています。
「旅先ではその土地のものを食べたい」っていう人が多いじゃないですか。それと同じ感覚で、その場所のものが見たいです。
例えば「その場所でつくられた紙に記す」っていうこともそのぐらいメジャーな感覚にしていけたらいいのになって思います。それが誰かの旅に出る理由になるかもしれないし。
ー 世界の紙を巡る旅も一人で行くの?
浪江さん:はい。一人で行きます。
でもそれまでに誰か見つけられたらラッキーだなと思っています。(笑)
ただ、ひとり旅はいいなぁと思います。大学になって ひとり旅をするようになって、興味に奥行きが出たり、広がったりしていたから。
ー 範囲は世界中どこでも?
浪江さん:大陸は全部行きたいなっていうのだけは決めて、あとはずっと憧れてた国のスペインとモロッコとトルコには行きたいですね。
これから調べておもしろそうな紙が置いてるところや、印刷が綺麗なところを選んで行けたらいいかな。
住居や空間の中で、もともと紙をこんなに使ってたのって日本が一番多いと思うので『空間との関わり』も見てこられたらいいなと思っています。
ルートは嫌でも考えることになるからまだ置いていてもいいと思っていて、
行く前の4ヶ月間で、何をどう準備していくかを考えていますね。
見てきたものを伝えるための力を今はつけたいです。
紙を通して、毎日の暮らしを大切にする人に届けたいこと
ー 実は浪江さんとは、とあるイベントで一度お会いしたことがあったんですよね。そのときに、「紙が好きです」と第一声で話していたことが印象的でずっと覚えていました。(笑)
単刀直入に聞くけれど、なんで紙に惹かれるんですか?
浪江さん:そこに触れる単語がまだ自分でもわからないんです。でも一番大事なのが、そこなんだろうなと思っていて。
旅に行くまでに見つけて、今後発信していくときの活動名にしたいと思っています。
大学3年生の頃に、手仕事で和紙をつくるところを実際に見させてもらったことがあって、紙を漉(す)く経験をしました。もし、それが紙を好きになった理由の原点なら、木と水だけで紙が出来上がるというのは ただただ凄いなぁと思いますね。
ー へぇ!そうなんだ。木と水だけ、、そんなにシンプルなんですね。知らなかった。
浪江さん:自分で木を切り取って、皮を剥ぐところからさせてもらえる場所があるんです。一つ一つの工程を手作業でしようと思うと、木を叩くところだけで 3時間ぐらいかかったりしますね。
紙の繊維が水の中で漂っていて、枠の中に収まって一枚の紙ができて、それが乾燥したら離れなくなる。それって不可逆性があって、「時間」とも一緒だなぁと思います。
ー ほぉほぉ。不可逆性かぁ。
浪江さん:一旦それらを砕いて、再生紙にもなるけど、でも、そのときの繊維は最初のものより細くなるから完全に戻せるわけじゃない。
今はまだちゃんと言葉にできないけど、感覚として、「言葉にならない時間との関わり」みたいなことを表現できるのかもしれないなって思っています。そうやって人に感じとってもらえる形での紙の魅力の伝え方ってどんなのなのかなーっていうのを今はよく考えていますね。
ー 木と水だけで出来上がる紙。時間との関わり。シンプルなだけに壮大な可能性がありそうですね。
どんな人に紙の魅力を届けたいですか?
浪江さん:今、noteを書きはじめているんですが、読んでくれるのは紙や文具に興味のある人なのかなーって思っています。
けど、一番やってみたいのは、紙は興味ないけど、「毎日の暮らしを大事にしてる人」とか、「自分でつくることが好きな人」に届いて響いたらいいなと思っています。そのためにどうしたらいいのかなって考えていますね。
浪江さんは、1994年生まれの現在24歳。
岡山県で暮らしており、ナチュラルな生活に寄り添う生活雑貨の企画製造販売会社に務めている。
浪江さん:2月の初めまでは仕事があるので、出発の時期はまだ決めてないけど、できれば紙の卸や印刷会社で一週間ずつでも勉強してから旅に行けたらいいなと思っています。
2月の終わりか、3月ぐらいに旅が始められるとベストかなぁ。
手仕事によせるまっすぐな思い。そのまっすぐさが行動へと直結することの素直さ。
浪江さんからは、そんな魅力的な印象を受ける。
「暮らしを丁寧に積み重ねることの大切さ」と「手仕事がうまれた文化や、作り手の背景や思い」。
その両方を日々、身近で受け取っている彼女だからこそ、両者には通ずるものがあり、その可能性を素直に感じているのだろう。
世界の紙を巡るひとり旅を控えた今、感じていること
ー ひとり旅に行く前の今の気持ちに近い言葉はありますか?
浪江さん:そうだなぁ、、「制限がない」ですかね。
学生のときって勉強が本業だから勉強しなきゃいけない。仕事してるときは、出勤の日に会社に行ってお客さんと接するのが本業だったけど、旅してる間って本業がないから何してもいいし、何もしなくてもいい。
でもやりたい事はあるからそれをやるんだろうから。
すごくフラットで制限がなくて、そんな状態になれるのが嬉しいのもあるし不安なのもあります。
その中で自分が何していくのかわかんないっていうのも含めて、自由で制限がないって思っています。お金とか考え出すと制限になっちゃうけど、、(笑)
ー「紙の可能性」を考えても「制限がない」という感覚があるけど、多分それと近いんだろうなぁ。
浪江さん:無限って言うと恥ずかしいし、それはちょっと違う(笑)
そこに不安も楽しみも両方ある感覚です。そのくらいの方が自分も楽しいし、どうなるかわからないくらいの方がちょうどいい。きっと、なんとかなるんだろうなって思っています。なんとかする練習かなぁ。(笑)
当初インタビューが終わったら、これからひとり旅に出る浪江さんに『お守り栞』を贈ろうと思っていたわたし。この話を伺ったとき、贈りたい『お守り栞』が決まったので、急遽ここでお渡しすることに。
ー『風の道しるべ』にしよう!まさにそう思って作った栞があって。
ー 9月、だんだん夏空が高くなって、明るいけど月が出始めているところ。
すごく広い場所で風が吹いていて、鳥たちは自由に飛んでいる。
きっと、わたしたちも本当は、進む道はどこに行ってもいいんだけど、その場所に行くには「一人で行くしかない」ってちゃんとわかっている旅人のイメージ。
この絵には、期待と不安が両方あるなぁと思う。
そのぐらい、旅や人生は「制限がないもの」。それをいつでも思い出してほしいなと思って。
だから、そういう感覚でこの栞を持ってもらえたら嬉しいなぁと思って贈ります。
浪江さん:「風」、いいですよね。
制限がないなかでも、やっぱりいま、自分が目指してる方向はある。
それこそ目指す方向って、道しるべ(栞)を指すんだろうけれど、多分、人から決められたら、それって制限になると思うんです。
目指す方向は自分で決めてるから、制限じゃなくなる。だからすごくいいですよね。
そういう選び方を人生単位で一個一個できる状態にあったらいいんだろうなって思います。
栞、ありがとうございます。
「手仕事をこの目で見たい」という想いで大学生のときにひとり旅にでたこと。
それを機に、興味への奥行きが一気に増したこと。
奥行きのある視点で物事を見はじめると、連鎖するように過去も未来も、出来事が繋がっていく。
好きを巡るひとり旅には、思いがけない自分との出会いがある。
「好きなものがある」それを大事に育んでいくことで、人生というひとり旅は豊かになり、その人を輝かせるのだと改めて感じ、背中を押してもらった。
後日談
「紙が好き。」だからこそ、伝えたい。
けれどインタビュー当時、その活動をしていくための名前を、まだ選べないでいた浪江さん。
実はこのインタビューを終えたあと、彼女から連絡をもらった。
インタビューの日に悩んでた屋号、翌日の朝にスッと思い浮かんで
「kami/」(紙一重)に決まりました!お会いする前から、さなえさんとお話したら浮かぶ気がしてたので、本当にそうなって なんかすごく嬉しかったです。
はじめまして。
kami / (紙一重)です。
21歳のときに「樹皮から紙をつくる体験」をしたときの感覚が忘れられないまま、「手仕事の紙を残していくために、わたしに何ができるだろう」と思って生きています。
旅や手仕事、おいしいもの、少し変ったもの、やさしい音楽がすきです。
「紙一重」
それは、紙一枚の厚さほどの僅かな違いを意味します。
ほんの少しの違いやこだわりを大切に日々 生活したり、
一枚の紙でできることの可能性にわくわくしたり、
そんなことを積み重ねていけますように。
2018.10.19
どこまでもまっすぐな、彼女の想い。
その想いこそが、彼女自身を導いてくれる一番身近な存在なのだと思う。
「好き」を巡る世界は、美しい。
この先の人生というひとり旅が、
伝えることばやカタチが、
「好き」を巡るものから生まれたものでありますように。
いつまでも彼女を導く存在であり続けますように。
Interviewee